PLATEA

PLATEA No.9より
グッド・バイ過労死 ―人間らしく生きるために―
弁護士  高崎 暢
1.「110番」と「119番」
  昨年11月21日は「過労死デー」。
  昼は、初めての医師と弁護士共同の「過労死110番」で、11件の相談に乗った。過労死の猛威は衰えていない。
  夜は、「過労死を考える市民集会」。「勤労感謝の日」を前に、改めて「労働とは何か」「過労死とは何か」を市民の方々と一緒に考えてみた。200名の市民が参加。集会の内容は、弁護士と医師からの基調報告のあと、遺族、労働者、医師、弁護士の座談会形式で「過労死の実態」に迫ってみる。遺族からの涙ながらの話は参加者に大きな感動をよび、労働者からは何時過労死が起きてもおかしくない労働現場の実情が報告され、医師からは病理的にも過労死は説明でき、「過労死110番」だけでなく「過労死119番」運動も必要であることが強調された。
  特に、弁護士が脚本を書き、カメラをまわし、出演者が弁護士と事務職員だけというビデオが好評。連日深夜、病院や会社の事務所を借り、ダンプを運んできての撮影など実に忙しい準備。地元のテレビ局が準備段階から密着取材で、私たち作成のビデオを挿入した集会の内容を放映した。
2.土曜日のパパは僕のもの

  昨年8月29日から、過労死問題に関する調査で、ドイツ、スイスなど4か国を訪ねた。
  3年前炭鉱調査で、西ドイツを訪れたが、今回ドイツでは統一問題のまっ最中で、ベルリンの壁、消える東ドイツの実態をつぶさに見て、歴史の動きを肌で感じてきた。
  今回の調査活動の中で、改めて過労死問題は、現代日本の病理現象であり、根深いものであることを認識させられた。
  長時間労働、人間の生理に反する労働が原因といわれる過労死。低賃金のために働かなければ生活が維持できない。貧困な社会保障のため老後や子供の教育費を心配し貯蓄しなければならない等々。フランス人の平均貯蓄が30万円とも60万円とも聞いた。日本人の平均貯蓄額とは桁違いである。それでも、フランス人は1〜2か月のバカンスをとる。老後も教育費も心配しなくてよいからである。その上、人間の生理にあった労働と休息を適度にとっている。過労死なんかとは無縁である。ドイツ人も、イタリア人も同じである。
  一方わが国での、僅かな有給休暇も消化しずらい雰囲気、時間外労働を拒否できない労使関係、能率の名のもとに時間外手当てを拒否される職場、賃上げ要求を自粛する労働組合、この様に労働者の権利が制約され、労働組合が本来の目的を果たさないところも、過労死を生み出す要因である。
  西ドイツでは、法律上の労働時間は未だ週48時間制度であるが、継続的労働では1日8時間を超えてはならないのが原則で、この例外に掃除、補修等の労働では1日10時間まで認められている。但し、年間30日を超えてはならないとされ、更にこの例外を実施するためには労使の合意と企業監督庁の許可を必要とするという四重の制約がおかれている。この様に長時間に対する歯止めは厳重である。実際には、労働協定により週37時間が実行され、IGメタル(金属産業労組)、IGメディアン(放送・出版労組とでも訳すのか)という産業別労組では、賃上げと同時に95年から週35時間を実施させるという。
  一方、休暇問題でも、年間30日労働日が保障されている。しかも、土曜日は労働日には入らない。「土曜日のパパは僕のもの」である。
  いま、働くことの意味――働く為に生きているのではなく、生きる為に働く――そして豊かに、人間らしく生きることの意味を考えてみなければならないと痛感している。家族と食事さえ一緒にとれない現代版“奴隷”をなくすためにも。

 

3.垣間みたゆとり

 9月2日、ベルリンからジュネーブに飛び、ILOで調査をする。スイスとフランスの国境に浮かぶレマン湖を背にしながらジュネーブの旧市街地にある狭い石畳の道を建物の合間を縫って上り、中世から鐘をならし続けた教会に辿り着く。そこで、月4回程度、中世の楽器を使った音楽会が開かれている。テレビがあり音楽会や演劇観賞が容易な国際都市ジュネーブの街の真ん中に位置する教会である。夕食前の1時間、唯一の娯楽を楽しむかのように、老若男女100名近くの市民がゆったりと時間を過ごしている。そして、終われば、老夫婦は手を取り合って家路につき、若い恋人同士は人目をはばかることなく愛を確かめあう。そんな光景を眺めていると、中世の世界にタイムスリップした錯覚に陥る。せわしく時を過ごしている私も、そんな気持ちが起こるのであるから、生活のゆとりの問題であろう。中世に過労死がないのは当然であった。

夫の死を無駄にしないで!

  私の夫は、早朝出勤途中脳出血で死にました。トレーラーの運転手でした。
  例えば、30キログラムの飼料1,500袋を4時間かけて1人で手積し、釧路から函館へ。午前4時ころ到着仮眠。8時には荷物を降ろして会社に電話して次の積荷を決める。深夜3時頃帰宅し食事して、再び積荷先へ。車の点検、燃料を補給して午後10時帰宅。そして午前0時とか3時にまた出発という日々の連続でした。
  夫は、体調の不調や、仕事の大変さを訴える様になりました。カゼをひきやすくなりやつれてきました。近所の人からも人が変わったみたいとも言われました。どんなに疲れていても子供と遊んでいた夫ですが、時間があればゴロゴロしていました。
  峠の冬道は緊張の連続。助手がいれば、交代もできただろうし、積荷の間だけでも仮眠がとれただろうし…悔やむ日々です。
  3人で住んでいた我が家も売り、小さなアパートで子供と2人暮らしです。
  夫の死を過労死と認定してください。
  夫と同じような人を出さない為に、私と同じ悲しみを味わう人を出さない為にも。

斉藤かづ子
激励先 帯広市西16条南4丁目11−22

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