PLATEA

PLATEA No.11より
過労死問題デー
弁護士  高崎 暢
 今年も、勤労感謝の日の前日の11月22日、昨年に続いて、「過労死デー」として、勤労の意味を考えてみた。以下当日の企画である。
1.「過労死110番」
 第6回目の「過労死110番」を開設した。
9件の相談のうち、過労死に関するものは6件、うち4件が死亡例であった。しかも、うち3件が11月に亡くなった過労死事例であった。 その1 43歳の技術職員の例。研修所の教官として単身赴任中くも膜下出血で死亡。2〜3日前の日記には、乱れた字で、「頭が痛い」「身辺を整理しなくては」と書かれていた。 その2 受話器をもったまま脳梗塞で死亡した30歳の中学校教諭の例。3年生の担任で、不登校生徒の指導、部活の指導でストレスが蓄積。 その3 44歳のトラックの運転手は、本州―北海道6日間の日程で往復する仕事を終え、翌日には、再び5日間の日程で石川―北海道を往復して仕事を終えた直後に発症。
 過労死予備軍が、刻々その被害を現実化させているのである。過労死の根の深さと広さに改めて驚くのであった。
2.「遺族・家族の交流集会」
 この日、東京では、「全国過労死を考える家族の会」が結成された。札幌では、過労死の遺族だけではなく、じん肺の遺族や家族、北炭夕張の遺族の人達の経験交流会が開かれた。全国でも初めての試みである。
 同じ労働災害で働き手を失った遺族・家族の方々の、人には言えない苦労話が話し合われた。「夫は死ぬまで苦しみました」(じん肺)「家庭から出たことがない私が、皆さんの励ましでここまでこれた」(夕張)その姿は、人間の使い捨ての犠牲者と写るのであった。もっともっと働く者が大切にされる職場であって欲しいと願わざるをえなかった。
3.「過労死を考える市民集会」第2弾
 夜は、市民集会で、「過労死の予防」を考えてみた。広がりつつある「過労死」を事前に防止するにはどうしたらいいのかの意見交換の場で、労働現場での取り組みについての報告も真剣であった。
 参加者は100名程度だったが、「人間スライド」などで弁護士、事務員が演じた医師、看護婦、労働者、上司が好評だった。
 参加者からのアンケートを拾ってみると「重要な活動ですので一層市民の中に根づくよう頑張って下さい。」「今日の集会は、朝のNHKニュースで放映していましたが、マスコミ労組など広範な形で動員をはかる必要があるのでは?」「人間スライドがよかったです。多数の方々の努力が表れていました。」「現在看護学生で、過労が人体に与える影響について考えさせられ、事例ケースを調べながら学習しています。今回の機会で、過労死について沢山の方々の視点から話をきくことができ勉強になりました。」「今年8月14日から職場での孤立を覚悟し、残業拒否を実践」等々。
 こうした励ましの声に、集会の「打ち上げ」の席では、来年は、「過労死の模擬裁判をやろう」という声も出た。
(佐藤  周)
 勤労感謝の日の前日、北炭夕張の遺族、じん肺の家族・遺族・過労死の遺族の方とはじめて顔をあわせました。
 それぞれの立場にちがいはあるものの大切な家族を仕事が原因で病気に冒されたり失った大変さはみな同じだと思いました。
 今後は、この集会で知り合った方々と力を合わせて過労死では労災認定の拡大にむけてがんばっていきたいと思います。
 今回の集会に参加されなかった方も来年には、ぜひ参加していただきたいと思いました。

(北炭夕張 田口 幸枝)
 どの人も経済大国・利潤優先のために人権無視され、殺されたのです。私達は、横のつながりを強化し、労災認定・裁判勝利を勝ち取る事はもちろんの事、安全な職場、健康管理チェック、時短の実現、安心して働ける職場づくりのため、共に力を出して行きたいと思いました。
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