PLATEA

PLATEA No.18より
過労死を考える
弁護士  竹中 雅史
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 昨年も勤労感謝の日の前日である11月22日、一般市民、学者、医師、弁護士ら約70名が参加した、第5回『過労死を考える市民集会』が、行われました。
 今回は、厳しすぎる労災認定基準を広げていこう、というのがテーマでした。
 実は、昨年になって、経済企画庁経済研究所が、「働きすぎと健康障害」と題するレポートで、過労死の大きな原因である長時間労働は不況の中でも大幅に減ってはおらず、認定基準など労災補償制度の改革により救済と予防に対応すべきだ、という指摘をしました。また、昨夏、現状の狭い労災認定基準を痛烈に批判した、名古屋安保(あぼ)訴訟第一審判決が出されました。
 そこで、今回は、安保訴訟弁護団長の水野幹男弁護士を迎え、画期的な安保訴訟判決の意義や現行の労災基準の問題点などを、お話していただきました。
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 この名古屋安保訴訟とは、ある電気機器メーカーの取締役であった安保喜和さんが、出張先の韓国での販売代理店主催の夕食会で、脳出血で倒れ、その日に現地で死亡したため、遺族の方が、この脳出血の発症は、安保さんの(過酷な)業務に起因するのだから、労災補償を支給するよう求めた訴訟をいいます。
 安保さんは、亡くなる2年程前から、取締役とは名ばかりのセールスエンジニアとして、関東地区も含む得意先や販売先に直接出向いて説明・調整するという、出張の多い不規則で過密な業務に、長期間従事していました。当時の安保さんの様子は、奥さんによると、夜遅く帰宅して服を着たままベッドに倒れ込み、そのまま休息をとらなければ食事もままならないほどだったそうです。韓国出張は、さらに会社として初めての外国での販路の拡大という特命が加わった業務でしたから、安保さんの精神的・肉体的負担の大きさは想像に余りあるものでした。まさに、会社のための、「使い捨ての備品」のようにして、死亡した事案だったのです。
 ところが、労基署の判断は、韓国出張や国内出張の業務も、平常の業務と比して、特に質的又は量的に過剰とはいえない、という驚くべき判断でした。もっとも、この労基署の判断は、労働省が作った認定マニュアルに忠実に従ったものに過ぎず、実質的な争点は、この認定マニュアルなるものが、労災認定基準として妥当か、という点にあったのです。
 裁判所の判断は明快でした。曰く、「このような過重負担の存在が認められ、これが原因となって、基礎疾病等を増悪させるに至ったことが認められれば、」「特段の事情がない限り、右過重負担が自然的経過を超えて基礎疾病等を増悪させる死傷病等の結果を招来したこと、すなわち業務と結果との間に因果関係が存することが推認される」として、労基署の判断の取り消しを命じたのです。裁判所は、判決文の随所で、従来の行政の認定基準を批判し、この明快な論理が、“画期的”と評価されたのでした。
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 私は、前回、企業が、労働者を「使い捨ての備品」としていることを指摘しましたが、実際、安保訴訟の判決では、労災補償制度の趣旨が、被災者や遺族の生活保障にあることを正当に認めた上で、ストレスや疲労の蓄積をもたらす長時間労働や勤務形態と死亡との因果関係を否定することは、現在の社会の実情に照らして妥当でないこともはっきりと述べたのです。
 労働省も、漸く、労災認定基準の見直しを言い始めました。私も、いくつかの労災事件に関わっている弁護士として、労災認定の改善への努力と併せて、労働者を「使い捨ての備品」とする「会社中心社会」日本を、批判し続けていきたいと思います。
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