PLATEA

PLATEA No.20より
過労死を考える市民集会
初めての帯広集会
弁護士  高崎 暢
1
 11月23日、恒例となっている「過労死を考える市民集会」をはじめて札幌以外の土地、帯広市で開催した。  130名の市民の方々が集まり、会場は満員の盛況で終った。改めて過労死の悲惨さ、そして働く仲間の生命と健康が虫ばまれる環境におかれている実態を知らされ、労働者の権利と健康を守る闘いを進める決意をした。
 この集会は、結審を間近に控えた“斉藤過労死訴訟”をテーマに、一層の支援を訴える集会でもあった。お医者さんを中心に行ってきた「長距離トラック運転手の実態調査」について、川島医師からスライドを使っての説明がなされ、大好評であった。
2
 当日午前中から実施した「過労死110番」も札幌と帯広の2ヵ所で同時に開設し、医師、弁護士が相談にあたった。札幌以外での「110番」活動はこれまで14回の中で初め、相談件数は合計で6本と多くはなかったが、その内容は相変らず過酷な労働実態を告発するものであった。
3
 斉藤過労死訴訟は、12月19日、原告である妻の斉藤かづ子さんの尋問が行なわれた。
 「いまだに夫の死が信じられない」という彼女が、涙ながらに“夫の死は過労死です”と訴える姿に傍聴席からもすすり泣きの声。
 斉藤さんの為、過労死遺族の為、そして何よりも同じ被害者を生み出さない為にも、必ず勝利したい。

 皆様にはいつも心強いご支援をいただき、心から感謝しております。
 小学校に入学したばかりの息子を残して、34歳で命を奪われた夫はどんなにくやしい思いをしたことでしょう。
 夫の死が、働き過ぎであったことは私が一番知っています。
 不規則な長時間・過重な労働と、事故に対する不安と精神的ストレスが幾重にも重なり、それが原因で亡くなったのです。
 しかし、会社、労基署、市の相談所など、いろいろと訪ねましたが、どこも私の思うような解答はもらえませんでした。そのような折り、札幌の「過労死110番」と出会いました。高崎弁護士さんにより、私の訴えを聞いていただき、労災認定の書類を初めて労基署に提出することができました。
 夫の死から9年、私にはたたかいの日々が続いております。今、私は自分だけでなく、「家族会」の皆様や、あきらめかけている人達が沢山いることを知り、その人達のためにも裁判で勝利しようと思い、がんばっています。裁判もやっと終盤にきました。12月19日、私の証人尋問が有りますが、私には、夫の死が絶対に過労死だと確信しています。
 息子(純)も中学3年生になり、来年の高校受験をひかえていますが、母親の私に対しても励ましてくれ、感謝しています。
 これからも皆様のお力をお借りして、たたかって勝利したいと思っています。これからもご支援よろしくお願いいたします。

1995年12月18日 記
斎藤 かづ子

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